プラチナ・ジュエリーの国際的広報機関による情報サイト
「これ、お母さんのだから」 そう言って父は私にそっと、
母の形見になったプラチナの指輪を渡してくれました。
利発で、いつも明るかった母。無口で、真面目で、我慢強い父。
だから、父が突然「お母さんに指輪を贈る」と言い出したのには驚きました。
母が会社で勤続三十年を迎え、祝いの宴席に呼ばれたので、
そこで身に着けるための指輪を買ってやる、と言うのです。
初めての出来事に、宝石店でもはしゃぎっぱなしだった母。
やっと選んだのは、エメラルドカットのダイヤが 三石並んだプラチナの指輪でした。
家に戻ってからも母は、その指輪をはめたり、外したり、
箱に戻したり、また出してみたり、と、愛おしそうに眺めていました。
父はいつも通りなんにも言わずにいたけれど、
ずっとニコニコしていた母を、ちゃんと見ていたのかな……。
結婚指輪の習慣が今より定着していなかった時代に、一緒になった二人。
あのプラチナの指輪が、無口な父から母へ、
長い結婚生活の感謝の印だったのかも知れません。
母が亡くなったのはそれから少し後、私が大学生のときでした。
父がそっと渡してくれた、形見の指輪。
見るたびに想い出すのは、あの日の嬉しそうな母の笑顔です。
(千葉県 50歳 女性)